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東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)3271号 決定 1949年12月27日

申請人

伊藤兼吉

外十名

被申請人

帝国石油株式会社

主文

被申請人は、申請人等に対し、別紙目録「支給額」欄記載の金員を支払わなければならない。

申請人佐藤市三郎その余の申請はこれを却下する。

理由

一、被申請人は、昭和二十三年十二月二日申請人等を解雇する旨の意思表示をなしたが当裁判所は、申請人等から被申請人に対する昭和二十四年(ヨ)第一九一号仮処分申請事件に付き、昭和二十四年八月十八日、右解雇の意思表示は旧労働組合法第十一条に違反して無効であるとの理由に基きその効力を停止する旨の判決をなした。(注、右判決は裁判所時報第四十二号に掲載)従つて、申請人等は、いずれも従業員としての地位を回復し右解雇を当時の労働条件に従つて処遇せらるべきは勿論、同種の一般従業員に付き、労働協約又は就業規則に基き労働条件の改訂が行われた場合には、その改訂せられた労働条件に従つて処遇せられなければならない。

二、賃金に付いていえば、被申請人は、申請人等に対し、一般の賃金基準に従い解雇の時に遡及してこれを支払うべき義務がある。

三、被申請人は、秋田地方裁判所がなした申請人等を含む元被申請人会社従業員に対し、被申請人会社に立入を禁止する旨の仮処分決定が存在し申請人を就業せしめ得ないのであるから就業を拒否するに付き正当の事由があり従つて「ノーワーク・ノーペイ」の原則により申請人等に対し、賃金を支払うべき義務がないと主張する。

しかしながら右仮処分決定は申請人等が昭和二十三年十二月中なした争議行為を理由とするものであるから、右争議が終了し仮処分の実体的根拠がなくなつた後に、右決定が形式上存することを理由に申請人等の就業を拒むことは右仮処分決定を悪用するものであるのみならず被申請人は、右仮処分申請を取下げて任意に右決定を失効せしめ得るのであるから、右仮処分決定の存することは就業拒否の正当なる事由とはなり得ない。

四、被申請人は、また、申請人等は、被申請人会社の正常な業務の運営を阻害し、争議行為をなしているものであるから、被申請人会社が賃金支払を拒否するのは正当であると主張する。

しかしながら当裁判所は、申請人等が違法な組合活動をなしたものではないという一応の認定のもとに、解雇の効力を停止する旨の仮処分をなしたのであるから、被申請人会社が右の理由により就業を拒否するのは、差別待遇である。(申請人等が将来被申請人会社の業務を妨害するおそれがあるとの点に付いては何等の疏明もない)

五、ところで本件解雇当時の全従業員の平均賃金五千二百六十一円はその後四回に亘り、改訂せられたので、その改訂率に従つて、賃金を計算し、且つ昭和二十四年七月五日同年八月三日及び同年九月三十日の三回に亘り、賃金に比例して、臨時給与金が支払われたからこれを合算すると昭和二十四年十一月末日までの未払賃金は、それぞれ別紙目録「未払賃金総額」欄記載の通りとなる。

六、申請人等は、申請人菊地光一を除き、いずれも被申請人会社から別紙目録「退職金」欄記載金員を一応受領しており右は解雇の効力の停止により被申請人会社に返還すべきものであるが申請人等は被申請人に対し、昭和二十四年十一月七日附内容証明郵便を以て賃金総額から退職金相当額を差引いて請求する旨の意思表示をなしたから、右退職金相当額は、これを未払賃金総額から控除しなければならない。

七、申請人等は、いずれも失業保険の支給を受けているが右は後日これを返還すべきものとして受領しているものであり、またこれを控除するときは、不当労働行為をなした被申請人会社に公共の負担において、賃金の支払を免れるという恩恵を与えることとなるから右失業保険は、これを控除すべきではない。

八、申請人等が給付を免れた労働力を以て、他に労務を提供し、収入を得た場合には「就業を免れたことによる利得」として、これを控除すべきである。

ところで労働基準法第二十六条が使用者の責に帰すべき事由による休業につき平均賃金の六割に相当する手当の支払を命じている趣旨に徴すれば四割以上の控除を許さぬと解すべきである。

もつとも、被解雇者は、自ら及びその家族の生存を維持しなければならないのであるから解雇せられたまま、復職まで無為に徒過することは、とうていこれを期待し得ないところである、従つて被解雇者が最少限度の生活を維持するため副業の程度においてなした労働から得た収入は、これを「就業を免れたことによる利得」とはいい得ないから、これを控除すべきではない。

かかる観点から見ると申請人佐藤市三郎は、昭和二十四年三月三十一日以降秋田県立能代北高等学校職員として定額の給与を得て勤務しているのであるから、右収入は、前記罰を超えない限度で一応これを控除すべきである。

その余の申請人等も、他に就業していることがうかがわれるが副業の程度を出たものとは認め難く、またその収入も明瞭ではないからこれを控除しない。

九、かくて、申請人等が被申請人会社に対し請求し得べき金員は、別紙目録「支給額」欄記載の通りとなる。

十、金銭債権に付いても申請人等が賃金の支払を受け得ないため生活をおびやかされるという急迫した事態の存続することの認められる本件のごとき場合においては、仮の地位を定める仮処分として賃金の支払を命じ得ることはいうまでもない。

よつて主文の如き仮処分を命ずるしだいである。

別紙目録省略

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